top of page
Dejavu-Music-Studio(デジャヴ-ミュージック-スタジオ)
それは・・・・・。
1990年に始まりました。
1987年コピーバンド「Deja.vu」が結成された後、数年経過。
地元の公共施設を借りて、いつもの通りの音出し中の事。
別のバンドのクルーがやって来て一言。
「機材場所取り過ぎ!」別のバンドのクルーは「音デカスギ!」
ライブも自前機材で対応するだけのPAを揃えても、他のバンドクルーからは邪魔と言われ。音量制限もない”Rock”なはずの場所でも思い切って音を出せない。間借りの練習場所に「Deja.vu」クルーは考えました。
何処かもっと良い場所が無いか?時間も近所迷惑も気にしないで良い安住の地。
当時はインターネットの普及も無い時代。地元の不動産屋をハシゴして使えそうな空き家を探す日々・・・。
一般的な住宅を改装して防音しても、ドラムやベースやギターの音圧は抑え込めない。そもそも、お隣さんが近い。確実に苦情が出る立地の中古物件ばかり。
夢を抱きながら・・・。行きつけの飲み屋で途方に暮れる。
​店主から「神」であり「悪」の言葉。「天使」であり「悪魔」。「Angel」&「Devil」。すなわち「Anvil」からの囁き。「貸してもいい土地なら有る」
若かったRock Manたちは、意を決して金融機関で多額の借金を借入。
どうせなら「レコーディング」も出来るスタジオを作ろう!
建築会社に建物の建築を依頼して、仕事の合間を縫って整地と残土運搬。鉄筋の結束。コンクリート型枠組みのアルバイトを行った。バイト代金分を建築費用の足しにして費用を少しでも安くする為に、仕事が休みの日は汗を流しました。
鉄筋コンクリート作りの箱が完成。当然、貧乏なRock Manには内装を外注する余裕も無く・・。
音漏れは限りなく少なく。音の反響を少なくする為の方法を、たまたま入手出来た都内某所のスタジオ設計図より構造を盗みながら、右手には丸鋸。左手にはスケール。腰にインパクト。耳には鉛筆をのせて大工仕事に徹する休日の連続。
それから半年程経過。
Rock ManたちのMyスタジオとして、「Dejavu-Music-Studio」が完成しました。
Myスタジオとして使用しながら、地元バンドへのリハーサルスタジオとしての提供も開始。
​都内のLine's Co,ltd所属エンジニアよりの依頼により、プロのバンドのCD制作用録音スタジオとしての提供経験も経て、現在に至ります。
bottom of page